📚 作品ラインナップ (全17巻) 最終更新:2026/09/19
名の通った刀鍛冶が、なぜか、腕の劣る俺を名指しで、自分の刀の研ぎに呼んだ。鴇田尊。名前も、打った刀も、その世界で知らない人間はいない。俺は芹澤悠、二十七歳。刃を作ることはできない。ただ、研いで返すだけの研ぎ師だ。その人は、次の一振りも、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに研ぎ場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、都合のいい研ぎ手を替えるだけだろう。——研ぎなんて、誰がやっても仕上がりは同じ。俺の名は、どの刀にも残らない。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
友禅の染色家が、なぜか、下請けの俺を親方越しでなく直接、名指しで水元に呼んだ。黒羽壮。名前も、染めた反物も、その世界で知らない人間はいない。俺は柏木佑、二十六歳。絵は染められない。ただ、川で余分な糊と染料を落とすだけの水元職人だ。その人は、次の一反も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに川端へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、若い水元に代えるだけだろう。——水元なんて誰がやっても水は同じように流れる。俺は、いつか代わられる側の人間だ。だから、先に、身を引こうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、川端で俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
名の知れた硝子作家が、なぜか、経験の浅い俺を名指しで、渾身の新作の窯焼きを任せた。朽木涼介。名前も、吹いた硝子も、その世界で知らない人間はいない。俺は灰原司、二十五歳。作品は作れない。ただ、窯の火を一定に見張るだけの窯番だ。その人は、次の新作も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに窯場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、代わりの窯番に切り替えるだけだろう。——窯番なんて誰がやっても火は同じように燃える。俺は、いつでも替えのきく側の人間だ。だから、先に、降りようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、七年前の冬の未明に、俺に一度だけ、この道へ引き戻されていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
高名な仏師が、なぜか、まだ若い俺を兄弟子越しでなく直接、名指しで木取りに呼んだ。奥山玄。名前も、彫った仏像も、その世界で知らない人間はいない。俺は杣田尚、二十七歳。仏は彫れない。ただ、原木の木口に掌をあてて彫れる木を選り分け、墨を打つだけの木取り職人だ。その人は、次の一木も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに材木蔵へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、代わりを探すだろう。——木取りなんて誰がやっても木は同じように割れる。間違いは何年も先の割れでしか出ず、その頃には誰も俺のせいだと思わない。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、材木蔵で俺に一度だけ、引き止められていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
名の通った菓子司の主が、なぜか、下働きの俺を番頭越しでなく直接、名指しで餡炊きに呼んだ。久我統。名前も、その店の主菓子も、その世界で知らない人間はいない。俺は真鍋淳、二十七歳。菓子の意匠は作れない。ただ、小豆を炊いて漉して練り、味見の匙で甘みの一点を決めるだけの餡炊きだ。その人は、次の主菓子も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに炊き場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、若い餡炊きに代えるだろう。——餡炊きなんて誰が炊いても小豆は同じように潰れる。味は菓子になれば、主のものだ。だから、先に、身を引こうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、炊き場で俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
名の知れた蒔絵師が、なぜか、まだ若い俺を親方越しでなく直接、名指しで粉蒔きに呼んだ。御堂遼。名前も、描いた蒔絵も、その世界で知らない人間はいない。俺は冴木廉、二十六歳。意匠は描けない。ただ、生乾きの漆を指で読んで金粉を蒔き、沈めて定着させるだけの粉蒔きだ。その人は、次の一枚も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに蒔絵場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、若い粉蒔きに代えるだろう。——粉蒔きなんて誰が蒔いても金は同じように光る。俺が沈めた金も、蒔絵になれば師の作と呼ばれる。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、蒔絵場で俺に一度だけ、拾われていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
名の通った組紐師が、なぜか、まだ若い俺をベテラン越しでなく直接、名指しで玉付けに呼んだ。桐生柊。名前も、組んだ帯締めも、その世界で知らない人間はいない。俺は綾瀬透、二十六歳。紐は組めない。ただ、絹糸を数どおりに割り、一つ一つの玉へ寸分たがわぬ張りで巻いて錘の釣り合いを取るだけの玉付けだ。その人は、次の一本も、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに組み場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、若い玉付けに代えるだろう。——玉付けなんて誰が巻いても糸は同じように締まる。俺の張りの狂いは、帯を締める頃にしか出ず、その頃には誰も俺のせいだと思わない。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、組み場で俺に一度だけ、留められていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
有名な建築家が、なぜか、下請けの俺の壁を、三十分も黙って見ていた。弓月遼。名前も、建てたものも、知らない人間はいない。俺は鹿野樹、三十歳。名前も腕も、誰も覚えていない左官職人だ。その人は、次の現場も、その次も、わざわざ俺を指名した。毎日、用もないのに現場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら捨てられる。——俺は、捨てられる自信だけは、昔から、あった。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十一年前の冬に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
有名なシェフが、店でいちばん偉いくせに、なぜか毎晩、いちばん下っ端の俺の洗い場の前に立っていた。遠峰湊。その名前も、その店の星の数も、知らない人間はいない。俺は鶴巻律、三十一歳。名前も顔も、誰も覚えていない洗い場の男だ。その人は、派遣あがりの俺をわざわざ直で雇い、閉店後に賄いへ誘い、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら捨てられる。——洗い場の仕事なんて、誰がやっても同じ。俺の代わりなら、どこにでもいる。だから、先に、身を引こうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十二年前の冬の夜に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
世界的なピアニストが、なぜか、無名の調律師の俺の仕事を、暗い客席で、ずっと黙って聴いていた。氷室響。名前も、その音も、知らない人間はいない。俺は椎名透、三十一歳。誰かが作った音を、直しているだけの調律師だ。その人は、次の楽器も、その次も、わざわざ俺を専属に指名した。用もないのに調律に立ち会って、安い飯に誘って、俺なんかに触れた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら手を離される。——俺の直した音なんて、どうせ、俺のものにはならない。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十一年前の冬に、俺の鳴らした一音に、一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
その本を綴じ終えて顔を上げると、灯野さんはまだ、俺の手のあたりを、じっと見ていた。灯野透。その名前を知らない人間なんて、いない。売れっ子の小説家だ。俺は柏木慎、三十一。本の中身は作れない。ただ、綴じるだけの職人だ。その人は、次の本も、その次も、なぜか俺を名指しした。毎日、用もないのに工房へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら次の職人にいく。——俺は、いつだって、綴じるだけの側の人間だから。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十一年前の夜に、一冊の本に、一度だけ生かされていたことを。その本を綴じ直したのが、俺だったことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
作れない俺が焼いた器で、宗方律は人間国宝と呼ばれるようになった。宗方律。その名前も、億の値がつく器も、知らない人間はいない。俺は加瀬湊、三十三。轆轤に見放されて作り手を諦め、各地の窯を流れ歩く、名もない窯焚きだ。その人は、なぜか俺を名指しで呼んだ。自分の窯場に毎日来て、火の番に付き合って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら次の窯焚きに替わる。——俺は、いつだって、そういう側の人間だった。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十二年前の冬に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
花形の舞台俳優が、暗転の中で作業する俺の手元だけを、なぜか毎晩見ていた。天羽蒼太。名前も、演じた役も、知らない人間はいない。俺は志水湊、二十八歳。名前も出ない大道具のスタッフだ。その人は、次の公演も、その次も、わざわざ俺の会社を指名した。稽古場に用もないのに来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら捨てられる。——俺は、暗がりの方が、性に合ってる。舞台の上より、ずっと。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、九年前の冬に、俺に一度だけ、舞台へ立たせてもらっていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
有名なパティシエが、なぜか、山奥の卵農家の俺を、専属になってくれと頭を下げてきた。九十九史。名前も、店の菓子も、知らない人間はいない。俺は蓮見陸、二十九歳。名前も卵も、業界の外じゃ誰も覚えていない養鶏農家だ。その人は、契約の後も、わざわざ農園まで来た。夜明け前から鶏舎の前に突っ立って、餌をやる俺を見て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、物珍しさだ。有名な人の、一時の気まぐれ。飽きたら別の農園に切り替えられる。——俺は、見えなくて構わないつもりだった。ずっと、そのつもりで生きてきた。だから、先に、専属を降りようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十年前の雪の未明に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
高名な作庭家が、なぜか、会う前から俺の名前を知っていた。冬野尚吾。名前も、手がけた庭も、知らない人間はいない。俺は沢渡亘、三十二歳。名前も腕も、誰も覚えていない石工だ。その人は、次の現場も、その次も、わざわざ俺を指名した。毎日、用もないのに現場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら、代わりを探すだろう。——俺は、使われることにだけは、昔から、慣れていた。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十三年前の冬の夜に、俺に一度だけ、救われていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
世界的な写真家が、なぜか、俺が焼いた一枚のプリントを、もう一度見せてくれと言った。梶谷玲。名前も、撮ったものも、知らない人間はいない。俺は雨宮朔、三十二歳。名前も腕も、誰も覚えていない暗室の焼き師だ。その人は、次の個展も、その次も、わざわざ俺を指名した。毎日、用もないのに工房へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。あの人の作品には俺の名前なんて一行も載らない。——俺は、見えない手だと思われて、構わなかった。もともと、そういう役目だったから。だから、先に、暗室から降りようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十三年前の冬に、俺に一度だけ、拾われていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
世界的な指揮者が、なぜか、指揮台の椅子の脚を自分の手で直していた。その人は、白鳥玄。名前も、振った音も、知らない人間はいない。俺は沢井亘、二十九歳。名前も腕も、誰も覚えていない舞台の運搬屋だ。その人は、次の本番も、その次も、わざわざ俺を名指しした。毎日、用もないのに楽屋に来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら切り替えられる。——俺は、自分がただの背景だってことだけは、ずっと前から、分かっていた。だから、先に、降りようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十年前の冬の深夜に、俺に一度だけ、水平を戻されていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。