📚 作品ラインナップ (全3巻) 最終更新:2026/08/04
名の通った刀鍛冶が、なぜか、腕の劣る俺を名指しで、自分の刀の研ぎに呼んだ。鴇田尊。名前も、打った刀も、その世界で知らない人間はいない。俺は芹澤悠、二十七歳。刃を作ることはできない。ただ、研いで返すだけの研ぎ師だ。その人は、次の一振りも、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに研ぎ場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、都合のいい研ぎ手を替えるだけだろう。——研ぎなんて、誰がやっても仕上がりは同じ。俺の名は、どの刀にも残らない。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
その本を綴じ終えて顔を上げると、灯野さんはまだ、俺の手のあたりを、じっと見ていた。灯野透。その名前を知らない人間なんて、いない。売れっ子の小説家だ。俺は柏木慎、三十一。本の中身は作れない。ただ、綴じるだけの職人だ。その人は、次の本も、その次も、なぜか俺を名指しした。毎日、用もないのに工房へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら次の職人にいく。——俺は、いつだって、綴じるだけの側の人間だから。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十一年前の夜に、一冊の本に、一度だけ生かされていたことを。その本を綴じ直したのが、俺だったことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。
その本を綴じ終えて顔を上げると、灯野さんはまだ、俺の手のあたりを、じっと見ていた。灯野透。その名前を知らない人間なんて、いない。売れっ子の小説家だ。俺は柏木慎、三十一。本の中身は作れない。ただ、綴じるだけの職人だ。その人は、次の本も、その次も、なぜか俺を名指しした。毎日、用もないのに工房へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。有名な人の、一時の。飽きたら次の職人にいく。——俺は、いつだって、綴じるだけの側の人間だから。だから、先に、いなくなろうとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、十一年前の夜に、一冊の本に、一度だけ生かされていたことを。その本を綴じ直したのが、俺だったことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。